サッカーコラム


  ○コラム集
   メルマガ上で執筆したコラムを集めたものです。暇つぶし程度に見ていただけると幸いです。

「日本のサッカー解説者について」
 No.14 2005/7/19



イタリアをはじめ、イングランド、ドイツ、フランスなど今では数多
くの日本人選手が欧州で活躍している。ナショナルチームも世界の強
豪国と互角に渡り合い、時に勝利を手にすることもある。10年、20年
前と比べるまでもなく、日本のサッカーのレベルは確実に上がってい
ると言えるだろう。

しかしそれと比べると、日本のサッカー解説者のレベルは極めて低い
と言われる。特にテレビ中継においてだ。
日本の解説者には元選手が多い。それは欧米でもどこでも同じで、当
然プレイしたことがなければ分からない要素は数多くあるし、それが
高いレベルとなればなるほどその要素は多くなるだろう。そういう意
味では、元選手が解説をするのは至極当然のことだ。
しかし、サッカーにとって個々の能力と同じくらい大事な「戦術」と
いうものをあまり知らない元選手が多いのも確かだ。はっきり言って、
つい最近まで日本のサッカーには戦術というものはほとんど存在しな
かった。個々の能力で勝てない相手に「戦い方」で勝機を見出すとい
う考え方そのものがなかったと言っても良い。
それは、元日本代表監督のトルシエ氏が「日本にはサッカー文化がな
い」と嘆いていたことからも分かるように文化の違いであり、日本の
サッカーに欧米と同じレベルのものを求めることが土台無茶な話であ
る。
しかし最も懸念されるのはそのことではなく、元選手でなければ解説
してはならないというような「慣習」がマスコミ、テレビ業界の常識
となっていることである。それは恐らく野球と同じ流れが根付いてい
るからであり、解説者という立場が引退した選手の「第二の仕事場」
としてしか認知されていないからではないだろうか。

そういった意味では元選手でなくとも、少なくとも元プロ選手でなく
とも解説は務まると言える。04-05シーズンにチェルシーをダントツの
リーグ優勝に導いたジョゼ・モウリーニョにプロ経験がないというの
は有名な話だ。良い監督、良い解説者になるのに必ずしも華々しい経
歴がなくてはならないというわけではない(ただし、それ相応の厳し
い努力が必要ではあるが)。

しかしだからと言って、戦術だけのカチカチ頭、いわゆる「戦術マニ
ア」にも中々解説というのは務まらないだろう。前述のように、スポ
ーツにはそれをやったことがある人でなければどうしても分からない
ことがある。たまに、相当弁舌たくましくサッカーを語るので大変な
経験があるのかと思って聞くと、全くやったことがない、なんて人が
いないだろうか?そのような人はどうしても「説得力」が欠けてしま
うし、机上の空論に陥りがちになる。

やはり、数々の修羅場をくぐってきた頭の切れる元選手が、多くの戦
術や方法論を学んだ上でサッカーの解説をしてくれることが、今後の
日本のサッカー界全体にとっても最も良いことだと思われる。

ちなみに、最も悪いのはそのどちらでもないことだ。サッカーの実を
知っているわけでもなく、戦術を知っているわけでもない。そういっ
た解説者が実際稀にいるのだ。
サッカーを「好き」というだけで解説は出来ない。してはならない。
日本にはまだまだそういった部類の解説者がいる。電波に乗せてその
ような実況や解説が流れてきた時ほど不快なことはない。これを読ん
でいる方の中には、音声を消してTV観戦した経験がある方も大勢い
らっしゃるのではないだろうか。






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